「りきみ」の反対側にあるもの

 

「〜せねばならない」から行動するのを、やめる練習をしています。

 

数年前、こんな経験がありました。

 

 

あるイベントに向けて、曲を作る予定があって、

「あと◯日で曲を完成させなければいけない」

という意思のもと、たっぷり時間を取る。

だけど、「この時間内で作ろう」と、意気込んでピアノの前に座るほど何も浮かんでこない。

焦る。

余計に浮かばなくなる。

そんなサイクル。

それでも一生懸命こねくり回して、その時はなんとか完成させたのですが^^;

 

本当に自分が心踊ったり、誰かに喜んでもらえるような曲は、

だいたい、歩いている時やシャワー浴びてる時や、リラックスしている時に浮かんできます。

「自分が作っている」とゆう意識で一生懸命考えているのじゃなくて、

ふっと湧いてくる、聞こえてくる、というのに近い。

だけど、だいたいその自意識を離れたところで生まれたものが、

自分でこねくり回したものよりも、素直で、真実味があるように感じるのです。

 

インスピレーションの神様は、力んでいると全く降りてこないんだなと身を持って知りました。

 

 

「力むこと」、それは私たちが普段当たり前にやっていること。

成果を出すには「努力する」これが当たり前。

 

だけど、今、その反対側にあるものにかけてみたいって思ってるんです。

エンジンをかけて「努力する」ことより、きっとスキルとか知識とかある一定のレベルでは

遅れをとるはずで、それに不安が無いといったら嘘になるのですけど。

 

でも、力を抜くことで、スキルや知識よりもっと大切な、

んでいる時には見えなかった、たくさんのものに気づくことができる。

相手の話を聞いて即興で歌を贈る「贈りうた」は、私の中でその究極の形。

作ることに意識が向いていたら、相手の話なんて聞けませんし、

最後にきっと浮かんでくるものを信じて、直前まで相手の方に耳を傾け続けます。

 

「〜しなければいけない」じゃなく

「〜したい」だけで動くこと。

 

これ、すごく楽しそうなのに、やってみると本当に修行です。

自分を信じなきゃいけないから。

不安になったらできないから。

 

根が真面目すぎて、頑張っていないとすぐ不安になります。笑

でも自然に湧き上がるものを信じて、作って、

そしてできればいつでもおおらかに笑っていたい。

 

こんな私の「頑張らない」チャレンジ。^^

どうなることか。

自分もその末を楽しみに、やってみることにします〜。

 

そんなゆるいテンションで、こんなぼやきのようなブログ記事、描いてみたのでアップします〜